地下室のヘンな穴 (原題:Incroyable mais vrai 英題:Incredible But True)

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監督・脚本:カンタン・デュピュー
出演:アラン・シャバ、レア・ドリュッケール、ブノワ・マジメル、アナイス・ドゥムースティエ

緑豊かな郊外に建つモダニズム風一軒家の下見に訪れた中年夫婦のアランとマリー。購入すべきか迷う夫婦に怪しげな不動産業者がとっておきのセールスポイントを伝える。地下室にぽっかり空いた“穴”に入ると「12 時間進んで、3 日若返る」というのだ。夫婦は半信半疑でその新居に引っ越すが、やがてこの穴はふたりの生活を一変させていく……。

『ラバー』や『ディアスキン 鹿革の殺人鬼』といった怪作を生み出してきたカンタン・デュピュー監督。本作の脚本も担っている。「アンタの脳内をかち割って覗いてみたい〜!」と叫びたいほどの新作だ。あまりにもユニーク、独創的で強烈、はっきり言って狂ってる??(笑)

だが、流石に文化の爛熟した国フランスだけに、演出法は上品且つ繊細、簡潔雄渾。クレイジーな展開の中にも、流れる劇伴は一貫して典雅にして軽快なバロック音楽なのだ。視覚的な音像とでも言うべきか、これが効く!しかも中盤からは全く台詞がなくなる。音楽と動きだけで伝わる表現。サイレント映画の手法が絶妙である。Mr. Oizo 名義で音楽活動を続けるデュピュー監督は耳もいい。編集センス、テンポの良さは心憎いほどだ。

冒頭から時系列を自在に往還するフットワークの軽さを示す。どこにでもいそうな夫婦が中古住宅を内見中。閑静な住宅を案内する不動産屋は特に怪しくもない普通の男。
「12時間進んで3日若返る」ダクトが付いた新居…。なぜ、そんなダクトがあるのか、理由も因果関係も分からないところが不条理劇の面白さ。が、法治国家のフランス。契約前に”重要事項説明”は果たし済みだ。

近ごろ注目の”家系ホラー”でありながら、特段トリッキーな仕掛けはない。ごく自然な日常生活の描出に、正統派の映像。設計力は確かだ。簡素に実景を捉えながらミリ単位の速度で挑戦的大胆さを帯びてくる。演技巧者の俳優陣が安定感をもたらす。デュピュー監督作品の常連俳優アラン・シャバ。ブノワ・マジメルにいたっては、声でやっと判別がついた程の変貌ぶり!イケメン俳優の看板をかなぐり捨てた怪演である。

ブノワ・マジメルの役がもう一つの肝となるが、デュピュー監督が活かす素材は爆笑の下ネタさえも品よく調理する。その隠れたキーパーソンが、まさかの日本とは!意外性極まれり。大いに笑わせながら、痛烈な文明批判を繰り出す手法は洗練されている。コンプライアンスに絡め取られた日本からは、こうした軽妙洒脱な発想は生まれにくいかもしれない。
(大瀧幸恵)

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2022年/フランス・ベルギー/仏語・日本語/74分/シネスコ/カラー/5.1ch /
(C)ATELIER DE PRODUCTION - ARTE FRANCE CINEMA - VERSUS PRODUCTION 2022
配給:ロングライド
公式サイト: https://longride.jp/incredible-but-true/
★2022年9月2日(金)より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか 全国公開

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