愛する人に伝える言葉 (原題:De son vivant 英題:PEACEFUL)

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監督・脚本:エマニュエル・ベルコ
脚本:マルシア・ロマーノ
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ブノワ・マジメル、セシル・ドゥ・フランス、ガブリエル・サラ

人生半ばにして膵臓(すいぞう)がんを患ったバンジャマン(ブノワ・マジメル)は母・クリスタル(カトリーヌ・ドヌーヴ)と共に、わずかな希望を求めて名医と評判のドクター・エデ(ガブリエル・サラ)を訪ねる。ステージ4の膵臓(すいぞう)がんは治癒が見込めないと告げられショックを受けるバンジャマンに対し、エデは病状を緩和する化学療法を提案。エデの助けを借り、「人生のデスクの整理」をしながら最期の日々を過ごす息子を、クリスタルはそっと見守る。

エマニュエル・ベルコは女優としても監督・脚本家としても一流の映画人だ。本作のヒロイン、カトリーヌ・ドヌーヴと共演したセドリック・カーン監督作『ハッピー・バースデー 家族のいる時間』では、ベテラン大女優よりも明らかに大きな存在感を発揮し、突出していた。忘れ難い名演は『モン・ロワ 愛を巡るそれぞれの理由』。ヴァンサン・カッセル、ルイ・ガレルら個性の強い男優を相手に、愛に身悶える女を表現し、圧倒的な印象だった。

監督作では、糖尿病治療薬の副作用を訴えた女性医師の闘争を描いた実話ベースの「150ミリグラム ある女医の告発」が硬派な社会派サスペンスだとすると、『ミス・ブルターニュの恋』は、当時69歳のドヌーヴを、若い男と”ワンナイト”する色香漂う女に。ベンツを躯って旅するコメディ仕立てだ。ちなみに、ドヌーヴと伴う孫役は、ベルコ監督の息子である。

本作のW主演ブノワ・マジメルも出演した『太陽のめざめ』は、非行少年の更生に尽力する判事という堅い役柄ながら、ドヌーヴの母性をも引き出した。この通り、ベルコの監督作はジャンルもテーマも全く異なる振り幅の広さを見せている。しかも、どの作品も見事なクオリティを保っていることから、ベルコの力量が生半可ではないのが一目瞭然だ。予算や日程など細かな事務・統括作業を負わねばならない監督の仕事と、色気と情感の表出が必須とされる女優の仕事を、どのように両立しているのだろうか。稀有な映画人である。

「メロドラマを作りたいという長年の願望」を満たしたのが、本作製作の動機だという。メロドラマの定義にもよるが、もしメロドラマが観客の感情を揺さぶる、涙を誘う、といった意味であれば、見事に成功している。愛するものを喪った経験のある人なら、きっと冒頭からエンディングまで、心に響く場面が続くに違いない。

「最期の日は患者が決めるのです」
「いつまでも生きていてほしいというのは、かえって患者の負担になってしまう」
「 妻を帰したのは、夫が1人で死ぬと決めたからでしょう」
「彼らに旅立つ許可を与えましょう」
死に対して、このような見方があるのか...。発想の転換を迫り、胸を抉られるような気持ちになった。

卑近な例で恐縮だが、本作を自戒の念を込めながら観た。初めて気付いたことがある。“分身”とも思える最愛の姉が若くして他界した時だ。「生きていて!頑張って!」と祈り続けたのは、自分のエゴを押し付けてしまっていたのではないか。姉は早く楽になりたかったのかもしれない。“許可を与える”“許す”といった感情は、多分にキリスト教的宗教観が影響している気がする。”愛する人の生を諦める”のは辛すぎる、と当時は考えていた。だが、解放してあげるのも当事者への愛なのだろう。

文化の違いを思い知らされたのは、病棟内、しかも化学療法室で行われるタンゴだ。男女が密着するセクシーなダンス、哀愁漂うメロディ。日本の病院では考えられない行為である。「うるさい!」「埃が立つ」などと大目玉を喰らうのではないだろうか。これはフランスで実際に試みられているセラピーだという。ブノワ・マジメルも楽しそうに起き出し、隣の老人は踊り出す。衝撃的な場面だった。

ミュージック・セラピストと呼ぶ、病院の音楽療法士が、死期の近い患者の病室でギターや歌を奏でる療法である。そして、院内で看護師や介護士、スタッフが集うミーティングの最後では、医師が率先して楽器を弾き、皆で歌い踊るのだ。真面目且つ神妙一方の(?)日本の医療現場とは根本的に異なる陽気さだ。病人を世話する医療スタッフは、心身共に健康であることが望ましいとすれば、合理的な方法である。

本作の成功は、医師役に本当の現役医師を配したことが大きい。エデ医師として登場するガブリエル・サラは、NYの病院に勤務する上級指導医。化学療法病棟の医長、また患者サービス部門の顧問を務めているという。癌治療の専門家なのだ。放つ言葉の一言一言が心に響くのは、サラ氏が毎日のように発している患者や家族への語り口だからだろう。触診の手つき、手の洗い方まで医師のそれである。

ベルコは語る。「登場する殆どが、実際の病院スタッフです。 本物に演じてもらうことにこだわったのは、介護の仕草や存在感、廊下を動き回る様子など、俳優の演技では真実味が薄れるからです」
確かに、患者の傍らに立つ佇まい一つにもリアル感が伝わる。フィクションのドラマの中で、ドキュメンタリーが違和感なく入り込んでいるような自然さだ。

ドヌーヴの言葉が裏付けている。「セットやステージといった当日の撮影現場で全てが決まる作品で、事前のリハはしません」
繊細な俳優であるマジメルは、「撮影の後半になってようやく、 前半と比べて驚くほどリラックスして軽やかに臨めるようになった」そうだ。マジメルは中盤から、ほぼベッドに横たわる演技が続く。顔には死相が浮かぶほど真に迫った演技である。さぞ、辛かったに違いないと思っていたので、この発言には驚くばかりだ。
如何に、ベルコの演出力が高く優れているかが分かる。ベルコの作品が初めての方には是非ともお薦めしたい名編だ。ベルコとの出逢いが人生を変えるかもしれない。
(大瀧幸恵)


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2021年製作/122分/フランス
配給:ハーク、TMC、S・D・P
後援:在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本
(C) Photo 2021 : Laurent CHAMPOUSSIN - LES FILMS DU KIOSQUE
公式サイト:https://hark3.com/aisuruhito/#
★2022年10月7日(金)より、新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほかにて全国公開


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