恋人はアンバー (原題:Dating Amber)

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監督・脚本:デイヴィッド・フレイン
挿入歌:PULP 「Mile End」、U2 「All I Want Is You」、Brenda Lee「You Can Depend on Me」、
GIRLPOOL「Cut Your Bangs」ほか
出演:フィン・オシェイ、ローラ・ペティクルー、シャロン・ホーガン、バリー・ワード、シモーヌ・カービー

1995年、同性愛者への差別や偏見が残るアイルランドの田舎町。自分がゲイであることを認められない高校生・エディと、レズビアンであることを隠しているクラスメートのアンバーは窮屈な日々を過ごしていた。二人は周囲にセクシュアリティを悟られずに卒業するため、期間限定でカップルを装うことにする。性格も趣味も真逆の二人だったが、悩みや夢、秘密を語り合う中で友情を育み、互いにかけがえのない存在となっていく。

アイルランドは2015年の国民投票により同性婚が合法化された世界で最初の国である。そんな国でも1995年、僅か2年前まで同性愛が違法だった頃を舞台にした本作には、LGBTQの人々の苦悩と閉塞感が仔細に描かれている。国民の大半がカソリック信者だということもあり、アイルランドの田舎町ではゲイやレズビアンへの差別・偏見がどれほど根強かったかがよく分かる。殊に、エディが置かれた環境には胸が痛くなるほどだ。
名の知れた軍人を父に持つエディは、青春を謳歌するはずの高校生でありながら、自身の性的指向を隠さねばならない強迫観念に襲われている。マッチョな父、軍への入隊を当然だとする周囲の期待、その期待に応えようと努力するエディの姿が痛々しい。1回もできない(!)懸垂を練習するエディの苦渋に満ちた顔から、本作は始まるのだから…。

一方、レズビアンを公言はしないまでも自覚している同級生のアンバーは、田舎町を離れ、ロンドンでパンクな書店を開くことを夢み、着々とお金を貯めている自立した少女だ。部屋の天井には、ロンドンの地下鉄路線図が貼ってある。
「カムデンに住もうかな?パンクがいるし。ハックニーは交通が便利。ソーホーいいな!」
未来を夢想しながら近づきつつある現実志向のアンバー。
そんなアンバーには、自身の気持ちを押し殺し、家族や世間に忖度しようとしているエディが気の毒でならない。男のように足を広げてカツカツと歩くアンバーに対し、猫背気味のエディ。自己肯定感の差が、2人のルックからも一目瞭然だ。

同性愛者への差別だけではない。当時のアイルランドでは、離婚や中絶さえも禁じられていた。学校の性教育の授業では、尼僧が性愛の在り方を教える。ここまでは大いに笑えるコメディタッチながら、アンバーの母が司祭に娘のことを相談した途端、町中にアンバーのセクシャリティが知れ渡ってしまう展開になると、アイリッシュが“密告“に通じた民族であることを示した映画『ブルックリン』を想起させる厳しさを醸し出していく。

アンバーが街を歩けば、道行く人は胸で十字を切る。まるで悪魔が通り過ぎるのを神に祈るが如くだ。2人が住む世界はあまりにも狭い。そんな2人には、お互いが唯一ありのままの自分を正直に晒し出せる、かけがえのない存在であったのだ。双方の利害関係が一致することから、「なんちゃって恋人」同士のふりをする2人の過ごす時間が楽しく愛しい。

2人の関係が絶好調な時に出かけたダブリンへの日帰り旅。お酒を飲んだり、ゲームや証明写真機(プリクラではない)で遊んだり、楽しく過ごしていた。が、皮肉にもこの旅で運命的な出会いがあったことにより、新たな世界を知ってしまう。己のセクシャリティを自覚せざるを得なくなるのだ。
「自分の居場所はここじゃない。別にあるんだ」
同時に、“理想的”だった2人の関係に終わりが近づいていることにも気づく。

2人が喜びや夢を語り、苦しみを吐露し爆発させる時、温かく見守るアイルランドの森、小高い丘の上の景色が美しい。差別されてきた何万人もの人々の気持ちを吸収し、癒してきたに違いない自然。映画は、台詞の応酬で運びながら、時としてアイルランドの自然を映し出す。妖精が潜んでいそうな森や、街を見下ろす緩やかな丘。宗教的紛争の絶えない祖国を、監督・脚本 のデイヴィッド・フレインは、映像に託したのだろう。

主演のフィン・オシェイとローラ・ペティクルーの演技が、まるで当事者としか思えぬ迫真力で迫る。“役を生きている“としか思えない素晴らしさだ。アンバーの母性が、エディを一歩踏み出させるきっかけとなる幕切れを、観客はどう感じるだろう。
『ONCE ダブリンの街角で』『ブルックリン』『シング・ストリート 未来へのうた』に続く、アイルランド映画の愛すべき1本が加わった。
(大瀧幸恵)


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2020 年/アイルランド/92 分/ビスタ/5.1ch
後援:アイルランド大使館
提供:Watcha Japan
配給:アスミック・エース
© Atomic 80 Productions Limited/ Wrong Men North 2020, All rights reserved.
公式サイト:Dating-amber.asmik-ace.co.jp
Twitter: @dating_amber_jp
★2022年11月3日(木・祝)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国にて公開


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