ファイブ・デビルズ (原題:Les cinq diables/英題:The Five Devils)

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監督:レア・ミシウス 『パリ 13 区』
脚本:レア・ミシウス、ポール・ギローム  
出演:アデル・エグザルコプロス、サリー・ドラメ、スワラ・エマティ、ムスタファ・ムベング、ダフネ・パタキア、パトリック・ブシテー

嗅覚にまつわる不思議な能力を持つヴィッキー(サリー・ドラメ)。その力を用いてひそかに母親ジョアンヌ(アデル・エグザルコプロス)の香りを収集していた彼女の前に、謎めいた雰囲気を漂わせた叔母が現れる。それを機にヴィッキーの嗅覚の能力はさらに力を増し、自分が生まれる前の母と叔母の記憶の世界に入り込んでしまう。

「瓶詰め地獄」。夢野久作の小説とは全く異なる内容ながら、そんな言葉が浮かんだ。本作に於ける瓶は、秘密や謎、悪意、愛憎、不安、恐怖、レイシズムといった要素が詰まったパンドラの箱のような象徴として実存する。
少女ビッキーは、「ママ1」「プール」「土」 「キノコ」 「小動物」といった、身の回りにある香りを調合・再現し、丹念にラベルを貼って集めている。ビッキーは頭抜けた嗅覚を持つ。目隠しをしても、匂いを頼りにたちどころにして母を見つけてしまう。母ジョアンヌは、ビッキーの能力を認め、愛するが故、娘の将来に不安を抱く。

消防士の父ジミーは、ビッキーの特性について鷹揚な態度を示す。
「学校には話したの?」
「話したら病院に入れられてしまうわ」
母は本能的に恐れを感じ取っている。瓶の中に詰められた香りには、"記憶"が潜んでいるのを知っているのだ。その記憶が娘に暴かれる時、母娘の別れが迫ることも…。

ジミーの妹ジュリアが数年ぶりに帰郷する。"香り"と"炎"を携え、家族が暮らす家に滞在して以降、ビッキーはジュリアの"香り"を機に、母とジュリアが持つ「記憶」の世界へ踏み入る。十分に伏線を張りつつ、ビッキーが徐々に2人の"謎"を明らかにする過程が巧みだ。

監督は『パリ、13区』を手掛けたレア・ミシウス。プルーストの小説「失われた時を求めて」の、マドレーヌの香りから記憶が生起する装置から発想したと明かす。ビッキーの生活環境を丁寧に描くことで、過去の世界へポンと送り込むタイムリープを違和感なく映画的処理を施す。

本作が持つ"謎"のキーワードは、香り、炎、そして水だ。母は体内に宿す炎を鎮めるかのように、冷たい湖に身体を晒す。父は炎を鎮火させる機能の消防士だ。ジュリアが放つ香りは、閉鎖的な村に拡散し、村人を不安に陥れる。なんと上手く作用した相関関係だろう!『パリ、13区』の共同脚本家でもあるセリーヌ・シアマ監督(『燃ゆる女の肖像』)の影響抜きには考えられない共振だ。

アルプスの麓の村、周囲を霊山に囲まれた壮⼤な⾵景と、矮小化するような小さな村が舞台になっている。「映画ではあまり⾒ないフランスを撮影したい」というミシウス監督の意図を反映した装置として完璧だ。校内で苛めに遭うビッキー、村人の中傷により身をすくめるジュリアを山々が覆い尽くし、小さく弱い存在を際立たせる。

イノセントな異能の少女、炎を宿した母、鎮静する役割の父、その妹は不穏な香りでドラマを生起させる。一体この家族はどうなるのか?謎はどのように解決を?瞬きもせずに没入した物語の着地点は、観客が予想しない方向へ導き、安堵の思いで終幕を迎える。キューブリックやデビッド・リンチらの影響を、フランス映画、それも女性監督の系譜に落とし込んだ傑作だ。今年終盤の必見作である。
(大瀧幸恵)


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2021 年/フランス/仏語/96 分/カラー/シネスコ/5.1ch/
配給:ロングライド
©2021FCommeFilm-TroisBrigandsProductions-LePacte-WildBunchInternational-Auvergne-Rhône-AlpesCinéma-Division
公式サイト:https://longride.jp/fivedevils/
★2022年11月18日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて全国公開

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