監督:泉原航一
脚本:幸田照吉
プロデューサー:大谷直哉
撮影:高橋慶太
出演:船ヶ山 哲 畑 芽育 森永悠希 染谷俊之 奥菜恵 佐伯日菜子 谷田 歩/小宮孝泰
思いつめた表情で森の中を歩く京一。木の枝にロープをかけて自殺を図ろうとするが足を滑らせ失敗してしまう。そこへ偶然通りかかった猟師の欣二は京一を介抱しながら問う。“なぜ死ぬ?”と。
―数年後、京一は欣二の所有していたレストランを任され働いていた。人里離れた森の中のレストランは三ツ星フレンチの名店で腕を磨いた京一の料理が評判となり、遠方からのお客も絶えなかった。しかし一方で、この森で命を絶とうとする者が“最後の晩餐”を求めてやって来るという噂があった。そんなある日、絶望を抱えた少女・紗耶がこの森へ足を踏み入れる…。
樹々のさやぎ、鳥の鳴き声が聞こえる森。深い緑の間を木洩れ日が射す。仰角のカメラアングルから天を仰ぐと、そこには神の視座さえ感じられる静けさだ。画面は一転して地面に。落ち葉を踏みしめる男の靴音。枝にロープをかけると、苦渋に満ちた男の顔が浮かび上がる…。
本作がデビューとなる泉原航一監督が、「ゲートキーパー」なる言葉を知ったのは、コロナ禍の只中、著名人の自殺報道が重なっていた頃だという。厚生労働省公式サイトによると、
"「ゲートキーパー」とは、自殺の危険を示すサインに気づき、適切な対応(悩んでいる人に気づき、声をかけ、話を聞いて、必要な支援につなげ、見守る)を図ることができる人のことで、言わば「命の門番」とも位置付けられる人のこと"
だそうだ。
個人的にイメージするのは、サリンジャーではないけれど「ライ麦畑のつかまえ役」といったところか…。
泉原監督は、飛び降り自殺時、ちょうど下を歩いていた人が巻き込まれ、双方とも亡くなった事件に衝撃を受けたという。確かに、自分の家族や大切な人が、他人の自殺に巻き込まれて亡くなってしまう、など考えたくもない事実だ。この報道に感情移入した監督は自殺について調べ始め、「ゲートキーパー」という言葉と出会った。それを創作の原動力とする点が、さすがにクリエイターである。
本作には、自死する者、巻き込まれて生命を落とす側の逸話が盛り込まれている。遺族同士、やり場のない怒り、癒えることのない悲しみ、慟哭、挙げ句は遺された家族間の不和、別れにまで繋がってしまう。監督、脚本の幸田照吉とも、複雑で強烈な感情を脚本に落とし込んでいくのは、難しい作業だったに違いない。
助監督経験が長く、多くの現場で演出術を学んできた泉原監督には、明確なビジュアルイメージが刻まれていたのだろう。自然描写は丁寧に撮られ、どの場面も美しい。だが、人物造形は如何せん希薄であり 定型に留まっている。
尚、これは音声技術トラブルか、発声技量によるものかは分からないが、主役である船ヶ山哲の声が聞き取りにくかった。感情の伝わらない一本調子では、演技の巧拙以前の問題ではないか。アフレコでもよいから、せめて聞こえるレベルにして欲しかった。
対して、女子高生に扮する畑 芽育(はた めい) は素晴らしい。悲しみを全身に湛え、憂いを含んだ表情、潤んだ瞳が感情を豊かに表現している。今後の活躍が期待できる二十歳だ。
清心で崇高な主題に挑んだ泉原監督を評価したい。幾分、生硬な面は作品を重ねる毎に成熟する予兆が見える。
(大瀧幸恵)
2022 年/日本映画/ビスタサイズ/カラー/5.1ch/92 分
制作プロダクション:ザロック
配給:NeedyGreedy フルモテルモ
©森の中のレストラン製作委員会 2022
公式サイト:https://mori-rest.com
★2022 年 11 月 19 日(土)より、 K’s シネマほか 全国順次公開
この記事へのコメント