監督:フィル・ティペット
出演:アレックス・コックス
人類最後の男に派遣され、地下深くの荒廃した暗黒世界に降りて行った孤高のアサシンは、無残な化け物たちの巣窟と化したこの世の終わりを目撃する。
どこまで行っても地獄しかない。台詞は殆どゼロ。字幕を読む必要はなく、物語らしい物語は存在せず、観客は眼前に拡がる地獄絵巻をひたすら追う…。
『スター・ウォーズ』初期三部作や『ロボコップ』『スターシップ・トゥルーパーズ』などの特殊効果を手掛けた「神」フィル・ティペットが、30年を費やしたストップモーションアニメの大作である。よくぞここまで精緻な仕掛けを一コマずつ撮ったものだ!と気が遠くなり、圧倒される完成度の映像に仰け反ってしまう。
異世界へのトリップとは、こういう体験を指すのかもしれない。昨年、公開された堀貴秀監督による『JUNK HEAD』に度肝を抜かれた方は多いだろう。99分の作品をほぼ1人、7年をかけて製作した傑作だ。"主人公が荒廃した地下世界に降り冒険を繰り広げる"といった骨子は、本作と通じていても、可視化した世界観は真逆ともいえる表現形式である。
その堀貴秀監督とティペットが行ったリモート対談は大いに盛り上がったようだ。互いの作品をリスペクトし讃え合う。ティペットも自身が創意工夫を凝らしてきたストップモーションアニメの世界へ飛び込んできた若き才能の登場は殊の他嬉しかったことだろう。映画特殊効果の主流は、手作りの視覚効果から、CG加工へと完全に移行した。一時期は大人が玩具箱を得たかの如く、SF映画でなくともCGが多用された。CGは万能であるかのように何でもできる、との可能性を抱かせたのは事実だ。
が、CGはどれほど技術が向上しても"同じ空気が流れていない"致命的欠陥がある。手作りの肌触りには敵わないのだ。ティペットが放った矢は、逆の意味で"何でもできる"可能性を示してくれた。冒頭のファンファーレには、ティペットの自負と誇りが感じられる。黙示録を思わせるレビ記の引用、荘厳な劇伴に続くダークな世界観の始まりから、豊かなイメージの洪水だ。
地中に拡がる漆黒の闇、焼け野原、空疎な廃墟、ギーガッタン!規則的に鳴り響く金属音が耳に触る。怪人に踏み潰される小人、 異様な洞穴、怪獣に追い詰められる人々、拡声器から聞こえるのは赤ちゃんと思しき泣き声、電気発光する可愛らしさの欠片もないグロい意匠群、皮を剥ぐショー、赤ちゃんを捧げるも拐われる。激しい不協和音、生き物を押し潰す音…。 日本ならコンプライアンス的にアウトな表現ばかりが続く。
共感を敢えて拒否した潔さがある。H・R・ギーガーが造形したエイリアン的ネバネバクリーチャーが苦手でない人なら没入すること間違いなし。豊かな創造性・デザイン力に圧倒される。絶妙なサウンドデザインは幽玄の世界へと誘う。宇宙からモノリスが聳え、スペースチャイルドも?『2001年宇宙の旅』へのオマージュが窺える。遡るのか進んでいるのか?時空間も人知も超えた世界。聖歌や聖杯が登場し、不思議に温かな気持ちで迎えるエンディングは、手作り感のせいだろうか。数十年に一度の大変な労作であることは間違いない。
(大瀧幸恵)
製作年2021/ 製作国アメリカ /上映時間84分/ 映倫区分PG12
配給:ロングライド
©2021 Tippett Studio
公式サイト:https://longride.jp/mad-god/
★2022年12月2日(金)より、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほか全国にて順次公開
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