監督・脚本:アレックス・ガーランド
製作:アンドリュー・マクドナルド、アロン・ライヒ
音楽:ジェフ・バーロウ、ベン・ソールズベリー
出演:ジェシー・バックリー、ロリー・キニア、パーパ・エッシードゥ、ゲイル・ランキン、サラ・トゥーミィ
ハーパーは夫ジェームズの死を目の前で目撃してしまう。彼女は心の傷を癒すため、イギリスの田舎街を訪れる。そこで待っていたのは豪華なカントリーハウスの管理人ジェフリー。ハーパーが街へ出かけると少年、牧師、そして警察官など出会う男たちが管理人のジェフリーと全く同じ顔であることに気づく。街に住む同じ顔の男たち、廃トンネルからついてくる謎の影、木から大量に落ちる林檎、そしてフラッシュバックする夫の死。不穏な出来事が連鎖し、”得体のしれない恐怖”が徐々に正体を現し始める―。
『ミッドサマー』『ヘレディタリー/継承』などのホラー、ジャンル映画といった境界を飛び越す傑作を生み出してきたスタジオA24。今回は『エクス・マキナ』のアレックス・ガーランド監督による含意に富んだ意欲作だ。イメージ豊かな絵造りと音像が途轍もなくスタイリッシュ!幽玄の世界に誘われ、ひたすら雰囲気に揺蕩うのも良し。「これの意味するものは?」「伏線の回収?」などと脳内を"考察合戦"が巡るかもしれない。観る人によって受け取るものが異なるだろう。鑑賞後、カフェでの会話は盛り上がるに違いない。
先ず、プロローグの衝撃映像で呆気に取られ、その後に訪れる転調、静かに迫り来る恐怖…。導入はスムーズだ。ガーランド監督は不穏な空気の醸成が抜群に上手い。アンドロイドが登場する『エクス・マキナ』の未来風ビジュアルとは真逆ともいえる英国の豊穣な自然が舞台である。
ロンドンでの悲しい出来事から逃げ去るように、田園風景の中、ブルーのフォード・フィエスタを飛ばすヒロイン。到着したのは、築500年のマナーハウスだ。屋敷の全貌を目にし、満足気に微笑むハーパー。早速、鈴なりに生った林檎を齧る。
持ち主に屋内や庭を案内され、癒しの表情が広がって行く。オーク材の太い梁、庭に面した開口窓、近代的アイランドキッチン、WiーFi完備、暖かな暖炉、ピアノルーム、広い主寝室には明るい光が射し込み、窓からは濃緑と教会が臨める。
「村にはいいパブもありますよ」
2週間の期間限定でカントリーライフを楽しむつもりのハーパーに、観客は完全に同化していることに気付く。
マナーハウスの意匠、庭の構成物などに巧妙な伏線を張られていることにも注目されたい。前述した"含意"は、日本人には馴染みのない文化かもしれないが、ガーランドの誘導により、不自然さは感じずに済む。ロンドンの友だちにビデオ電話で夢のカントリーハウスを見せるハーパー。自分のことのように喜んでくれる友だちは、同時にハーパーの精神状態を懸念する。
「家主にジェームズのことを聞かれたわ。ミセス・マーロウで予約してたから…。まだ話してない。また聞かれるだろうから慣れないとね」
電波悪い、と切ったハーパーをフラッシュバックが襲う。
記憶を払拭すべく、コートを着て散歩に出るハーパー。鎌倉の切通しを思わせる石造りのトンネルを抜けると緩やかな芝の丘に続き、森深くへと入る。鳥たちの囀、苔むした木々、大気まで緑に染まって見える程の濃緑だ。 明るさを予兆させるスキャットな劇伴が楽しげに流れる。雨が降り出しても機嫌よく走り出すハーパー。霧が拡がり何処までも幻想的だ。
水溜まりのトンネルに呼び掛けると、こだまが返ってくる。 響きが楽しく何度も繰り返すハーパー。そこは異界への入口だった。何者かに追われる気配がして逃げるハーパー。行き止まるも急坂を登り、苔むした石造りの廃墟やフットパスを越え、芝生の庭へ辿り着く。美しい青空が覆い、劇伴は現代音楽風のアリアに変わっている。
ガーランドは、以降の物語を憑かれたような話法で、ひたひたと迫り来る恐怖を、宗教、哲学、ジェンダー、女性生理から極私的に醸成して行く。ネタばれを避けるため、抽象的な紹介文になることをお許し願いたい。が、難解ではなく、自身分を投影できる普遍性を擁することは確実だ。
人工・加工的だった『エクス・マキナ』と異なり、大自然と対峙する中で、多義的な心理劇が立ち上がる。ハーパーが背負う罪の意識、それに伴う苦しみを内省に深く入り込んで可視化させるのだ。
土地が持つ神話的な空間が主人公とも観ることができる。ハーパーの心理が不協和音を残し、観客の心にこだまし続ける。罪と赦しを再生産するイメージ。 スタイリッシュな映像とサウンドデザインが恐怖を増幅する。 結末は解釈の余地を残し、余韻となるだろう。9月に公開された『LAMB/ラム』に続き、スタジオA24が輩出する作品群から暫く目が離せない。
(大瀧幸恵)
2022年/イギリス/カラー/シネスコ/英語/100分/R15+
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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公式サイト:https://happinet-phantom.com/men/
Twitter:@MEN_MOVIE_JP #同じ顔の男たち
★2022年12月9日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国にて公開
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