監督:ニック・ウィンストン
脚本・音楽:ローレンス・マーク・ワイス
出演:サマンサ・バークス、ラミン・カリムルー、ジョーン・コリンズ、フラー・イースト、ハリエット・ソープ、ジョージ・マグワイア
コピーライターのビル(ラミン・カリムルー)と画家のキャサリン(サマンサ・バークス)夫妻は、ロンドンで暮らしている。結婚して10年が過ぎ、仕事も家庭も順調なはずが、いつの間にか彼らの心はすれ違い、離婚を決意していた。かつて画家と小説家になることを夢見ていた二人が出会い、大恋愛の末に共に人生を歩むことを決めた結婚前夜の記憶を、夫婦は離婚前夜にたどり始める。
ロンドンの朝、テムズ川を渡る船、ロンドンブリッジ。空から撮らえた映像に、重苦しい足取りで青い車(PTクルーザー?)に乗り込む男。
「 ♪ 明日の朝 全てが変わる♪」
蒼い画面に繊細な男女のデュエットが重なる。
一転、テムズ川沿い
「約束して!この瞬間の私たちを絶対に忘れない!」
幸せの絶頂にいる2人が満面の笑顔で誓い合う。
本作は、ロンドン・ウエストエンドの舞台ミュージカルの映画化。結婚前夜の20代と離婚前夜の30代カップルが、それぞれの年代を4人同時に舞台上で演じていた。映画版では、10年の時を経た人物を1人の俳優が演じ分けるという設定。それはそれは目まぐるしく現在と10年前が往還する。場面によっては、ワンカットずつ過去〜現在を時間移動するのだ。
と聞くと、観客は“付いていけるのか?”と心配になる向きもあろうが、大丈夫!ひと目で分かる。演者は完全に現在の失望と反意に満ちた30代、10年前の喜び溢れる若き日々を完璧に演じ分けているのだ。早いカット割り、画面は時おり四分割、二分割になることも頻繁である。こんな構築的構成の意欲作を演出したのが、監督デビュー作だとは…。舞台演出家・振付家としてのキャリアがあるとはいえ、信じ難い達成だ。
主演2人も、歌って踊れて演技もできる、しかもスタイル抜群の美男美女!奇跡のようなキャスティングを目の当たりにし、あらためて「世界一俳優の層が厚い国・英国」だと感銘せざるを得ない。
ヒロインは、映画・舞台版『レ・ミゼラブル』でエポニーヌ役、他にも「プリティ・ウーマン」や「アナと雪の女王」のエルサ役など、主だったミュージカルのヒロインを歴演しているサマンサ・バークス。マン島出身、オーディション番組で注目を集め、マン島の環境大臣が支援のため、島の名を1日だけ「サム(サマンサの愛称)島」にしたほど、社会現象を巻き起こした人だ。
男優はイラン生まれのラミン・カリムルー。こちらも舞台ミュージカル「オペラ座の怪人」に史上最年少28歳で主演ファントム役に抜擢され、「レ・ミゼラブル」のジャン・バルジャン役でもブロードウェイ・デビューし、受賞歴も多いライジングスターだ。鍛え上げた肉体美を誇り、朗々と歌い上げるカリムルーに対し、サマンサは繊細な感情を歌で表現するタイプ。どちらも圧倒的な歌唱力と演技力を披露してくれる。
繰り返すが(笑)「世界一俳優の層が厚い国・英国」には、どれほどの逸材が埋まっているのかと驚くばかりだ。
舞台版を演出した初監督のニック・ウィンストンは、登場人物4人だった舞台に対し、映画版では「2人の感情のキーとなる息子を実際に出せたことは大きな利点だった」と語る。2人の間に感情的なすれ違いはあっても、10年間慈しんだ息子への愛情を歌い上げるナンバーは美しい。子どもを持った人なら、
「パパ、戻ってよ!パパと暮らせば転校しないでいいの?」
と訴える無垢な瞳に心打たれるだろう。
ミュージカル・アレルギーの人には、あの大仰な演技や「なぜ、ここで踊る?」といった違和感があるかもしれない。本作は、急に踊り出すことはない。殆どがオールロケ。ロンドンの日常生活の中で10年間が進行するため、自然な感情の発露として歌が用いられている、という理解だ。
踊る場面は、サルサ・バーと大団円の結婚式のみ。振付家でもあるウィンストン監督が編み出すダンスシーンは、スクリーンを飛び出して迫るほどの臨場感溢れる楽しさだ。
楽曲は、脚本・音楽のローレンス・マーク・ワイスが、21歳の時に書いたラブソングを集めたものだという。若さを謳歌する21歳が、よくぞ離婚調停前の枯れた30代カップルの心境を描出できたものだと感心する。21歳時の創造物が、今日でも通用する普遍性。英国は才能の宝庫だ。
ヒロイン、キャサリンの母と祖母がペントハウスにやって来る場面が可笑しい。
「このペントハウスは貴女がゲットするの?これで、私たちは全員離婚経験者。“スリーバツイチーズ“ね!パリへ来なさい。新しいカレシを紹介するわ」
と言うファンキーおばあちゃんは、往年のファンには懐かしいジョーン・コリンズ。人気TVシリーズ「ダイナスティ」以来だが、芸歴70年のコリンズが発する台詞に似つかわしい。
一方、夫ウィルの父も、ビデオ通話でアルプスの浴室から電話してくる傑物だ。
「親父の入浴なんて見たくないよ。広告コピー書きで忙しいんだ」
「お前も日焼けしてデートしろ! 財産分与だって? 詩や小説を書けよ。彼女の記事を読んだぞ。絵を売ったら120万ポンドだってな!」
祖母、父とも短い出番だが、2人の気持ちを表している。小説家になるのを諦めてコピーライターになったウィル。画家として成功したキャサリンに対して微妙な感情を抱く。喧嘩ばかりの日々に家を飛び出してしまった自分への悔悟。複雑な心理をカリムルーが絶妙に表現する。
過去と現在のウィルが同時にカフェで対面する場面が凄い。何と自然且つ巧みな合成だと思ったら、30代に扮したカリムルーが髭を剃り落とした直後に、20代の役を撮ったという。1日のうちに撮り上げたのだ。CG合成では得られない同一空気感が見事である。
テムズ川沿いの現代アートに囲まれたお洒落なペントハウスは、プロデューサーの自宅。2人が初めて出会うプール・パーティがあった邸宅は別のプロデューサーの家、部屋の中のシーンはキャサリンの母役の自宅だというから、ロンドンの街中、リラックスした演者たちの雰囲気は、こうしたアットホームな仲間たちの間で培われたものだろう。英国好きには見逃せない純粋英国発のミュージカルである。
(大瀧幸恵)
2022年/イギリス/英語/2:1/5.1ch/110分
後援:ブリティッシュ・カウンシル
配給:セテラ・インターナショナル
(C) Tomorrow Morning UK Ltd. and Visualize Films Ltd. Exclusively licensed to TAMT Co., Ltd. for Japan
公式サイト:http://www.cetera.co.jp/tomorrowmorning/
★2022年12月16日(金)より、YEBISU GARDEN CINEMA、シネスイッチ銀座ほか全国公開
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