監督:三宅唱
原案:小笠原恵子「負けないで!」(創出版)
脚本:三宅唱 酒井雅秋
製作:狩野隆也 五老剛 小西啓介 古賀俊輔
エグゼクティブプロデューサー:松岡雄浩 飯田雅裕 栗原忠慶
企画・プロデュース:長谷川晴彦 チーフプロデューサー:福嶋更一郎 French Coproducer: Masa Sawada
出演:岸井ゆきの 三浦誠己 松浦慎一郎 佐藤緋美 中島ひろ子 仙道敦子 / 三浦友和
嘘がつけず愛想笑いが苦手なケイコは、生まれつきの聴覚障害で、両耳とも聞こえない。再開発が進む下町の一角にある小さなボクシングジムで日々鍛錬を重ねる彼女は、プロボクサーとしてリングに立ち続ける。母からは「いつまで続けるつもりなの?」と心配され、言葉にできない想いが心の中に溜まっていく。「一度、お休みしたいです」と書き留めた会長宛ての手紙を出せずにいたある日、ジムが閉鎖されることを知り、ケイコの心が動き出す――。
劇伴なし、説明なし、手話字幕すらない場面もある。研ぎ澄まされた洗練話法の中で雄弁に語るのは、岸井ゆきの瞳、顔筋、息遣い、全身から放たれる熱量。圧倒される。固有の肉体がフィジカルを超えることで、俳優の映画としての凄み、殺気が漂う。
ケイコは内心を語らない。共に暮らす弟にも、
「心を勝手に読まないで!」 と拒絶する。
「話すと楽になるよ」
「話したからって解決しない 」
向き合うのは、ストイックに打ち込む日々のトレーニングやシャドーボクシング。コーチを相手とするミット打ちでは、手数の多さ、スピード、避けるタイミング、フットワークの軽さなど、ボクサーに必要な技術が、みるみる上達していくのは素人目にも分かる。
圭角とも取れるケイコの性質だが、ある場面から内心が迸るように観客へ伝わる瞬間が訪れる。それはケイコが自ら語るのではない手法によって...。"こんなことを感じていたのか。これを思いながら日々のトレーニングを"。構築的で巧みな脚本に唸る。
毎朝、土手を走る、ホテル清掃の仕事、バスに乗る、ジムへ通う、夜半過ぎの帰宅。ケイコが送る日常生活の反復スケッチ描写が一定のリズムを刻む。ドラマチックな出来事はさして起こらない。観客は何かを探すように画面に「目を澄まし」、街中の生活音や、ケイコの繰り出すパンチ、ステップに「耳を澄ませて」いることに気付く。ミニマムな日常劇の限定性を超え、映画は雄大な世界を獲得していたのだ。
音楽の助けを一切借りずに構築された音響効果・大塚智子、録音・川井崇満の仕事が光る。生活の周囲に存在する様々な環境音を丁寧且つ繊細に掬い取り、リアリティを齎せたのは、監督・脚本を担った三宅唱の設計である。聴者が当たり前のように聞いている音は、生まれつき耳が聞こえないケイコには存在しない点を意識させてくれる。
音響デザインと共に優れた効果を発揮しているのは、16ミリフィルムによって撮られた世界のザラついた感触だろう。ケイコの暮らしぶり、ジムの中など鏡を多用した視座が目立つ。鏡を通し、主観と客観を往来しながら配置した全てが「静と動」の要素として響き合う。撮り直しが利かないフィルム撮影は、三宅組に良い緊張感を齎せたことだろう。
中盤から漂う"終焉"の予兆。寡黙なケイコが発する哀切さに胸を突かれる。そして、ラスト。ケイコの長いアップが物語る時間は、表情の遷移から一瞬で感情が伝わる素晴らしさ!これほど急激に感情を揺さぶられ、引き出された体験は初めてだった。敢えて感傷を排した話法の三宅監督。術中に嵌り、落涙を禁じ得なかった。
(大瀧幸恵)
製作:「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会
助成:AFF
制作プロダクション:ザフール
配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2022 映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS
2022 年/カラー/ヨーロピアンビスタ/5.1ch/99 分
公式サイト:https://happinet-phantom.com/keiko-movie/
公式 twitter:@movie_keiko
★2022年12月16日(金)より、テアトル新宿ほか全国公開
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