ある人質 生還までの398日 (英題:DANIEL)

16128762550790.jpg

監督:ニールス・アルデン・オプレヴ
共同監督:アンダース・W・ベアテルセン
脚本:アナス・トマス・イェンセン
撮影監督:エリック・クレス
美術:ニルケ・メデルング
出演:エスベン・スメド(ダニエル・リュー)、トビー・ケベル(ジェームズ・フォーリー)、アナス・W・ベアテルセン(アートゥア)、ソフィー・トルプ(アニタ)、クリスティアン・ギェレルプ・コッホ(スサネ)

デンマーク人写真家のダニエル・リュー(エスベン・スメド)は、戦時下の日常を世界に伝えるため内戦中のシリアを訪れるが、突如過激派組織ISに拘束されてしまう。彼の拘束を知った家族は人質救出の専門家に協力を依頼するも、デンマーク政府はテロリストと交渉しない方針を取り、家族はISが要求する身代金の調達に苦慮する。一方、人質として恐怖と不安に苛まれるダニエルやほかの人質のもとにアメリカ人ジャーナリストのジェームズ・フォーリー(トビー・ケベル)が加わり、彼とダニエルは友情を育む。

実在の人物ダニエル・リューに扮したデンマーク人俳優エスベン・スメドは語る。
「自分の身体と約東したんです。 映画を作っている間は僕らは他人同士だって」
398日間に及ぶ激しい飢え、恐怖、 屈辱、凄まじい拷間、人間の尊厳を失わせる心理的暴力が繰り返され、自殺未遂に追い込まれる役を演じるに当たっての覚悟である。
「映像デザインには、最大限のリアリズムと信憑性が欠かせません」
と言う世界的ヒット作『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』で知られ、デンマーク映画界を担うニールス・アルデン・オプレヴ監督と、スメドの言葉には本作の成功要因が凝縮されているかのようだ。
スメドを含むキャスト陣全員が、躍動する魂を刻み、渾身の力で「役を生きて」いる。観客は俳優が¨演じている¨ことを忘れ、映画世界に没入する。溢れる涙を拭う時、映画の中の現実から解放される。

血潮漲る熱いドラマを可能にしたのは、オプレヴ監督の卓越した撮影話法だ。資料映像は殆ど使わず、シリアに近い環境のヨルダンで切りとった砂塵舞う大地。細密に再現した収容所。遠景はマスターショットを用い、逃走や移動シーンでは手持ちカメラやステディカムで臨場感を生み出す。が、決して¨荒れた¨映像ではない。冒頭のデンマークでの場面が浅いフォーカスから始まったように、終始落ち着きと品格を漂わせている。
にも関わらず、ドキュメンタリーを観たような印象が残るのは、オプレヴ監督の言葉通り、徹底したリアリズムと信憑性のなせる技なのだ。

シ リアにいるダニエル、 デンマークの家族たち、コペンハーゲンの恋人、外務省、キリスに滞在する交渉人…。目まぐるしく遷移する各所と、そこに生きる人々の心情をテンポ良く描出した脚本家アナス・トマス・イェンセンの功績は大きい。
ダニエルの家族は、無力さという精神的拷問、そしてジレンマに晒される。身代金の要求は日本円にして約2億8500万円。デンマーク政府は、テロ組織とは交渉しないとの姿勢を崩さない。知人や企業に募金を募るも、「気の毒だが、募金に協力したらテロ組織を金銭的に支援することになる」と断られる。
イェンセンの脚本は、ここで最も心を動かす場面を用意した。
「珈琲代くらい払うお金はあるわ」
ダニエルの母が、親としての強い矜恃を見せるのだ。

もう一つは、収容所にいる米国人記者ジェームズ(英国俳優トビー・ケベルが好演)がダニエルに別れを告げるシーン。
「憎悪に負けるな。勝つのは愛しかない」
シリアにとって最大敵国の米国人である自分の運命を悟りながら、常に前向きな姿勢で収容所に明るさを灯すジェームズの言葉は重く響く。
¨ビートルズ¨と呼ばれる惨い拷問を行った4人のISが、英国育ちだったこと。看守や処刑人の多くがダニエルを含む西欧の人質たちと故郷を同じくする西欧出身の若者たちだった事実を知り、宗教、民族、愛と憎悪の定義について考え込まされた。あらゆる世代に薦めたい傑作である。
(大瀧幸恵)


16128763255311.jpg

2019∕カラー/シネマスコープ/5.1ch∕ 138分
製作:デンマーク/スウェーデン/ノルウェー
配給:ハピネット
配給協力:ギグリーボックス
後援:デンマーク王国大使館
公式サイト :http://398-movie.jp/
(C) TOOLBOX FILM / FILM I VAST / CINENIC FILM / HUMMELFILM 2019
★2021年2月19日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、角川シネマ有楽町ほか全国公開