旅立つ息子へ (原題:Hine Anachnu 英題:Here We Are)

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監督:ニル・ベルグマン(『僕の心の奥の文法』 第23回東京国際映画祭グランプリ受賞)
脚本:ダナ・イディシス
出演:シャイ・アヴィヴィ、ノアム・インベル、スマダル・ヴォルフマン

売れっ子のグラフィックデザイナーを引退したアハロン(シャイ・アヴィヴィ)は、ひとり息子のウリ(ノアム・インベル)と田舎町でのんびりと2人暮らししている。実はウリは自閉症スペクトラムを抱えていて、アハロンがずっと世話してきたのだ。しかし、別居中の妻、タマラ(スマダル・ヴォルフマン)は将来を心配して、全寮制の特別支援施設への入所を決める。定収入のないアハロンは養育不適合と判断され、裁判所の決定に従うしかなかった。入所の日。ウリは大好きな父との別れにパニックを起こしてしまう。アハロンは決意した。「息子は自分が守る」こうして2人の逃避行が始まった。

チャールズ・チャップリンの名作『キッド』は1921年の米国映画だ。制作開始直前、チャップリンは第一子を亡くしたことが、映画での子どもへの親密な愛情表現に繋がったという。100年後、イスラエルに住む青年ウリが『キッド』から片時も目を離さない様子に、観客は先ず心を掴まれる。そして何くれとなくウリを世話する父親の姿にも...。

本作はエモーショナルな喚起を促す場面の連続だ。冒頭、自転車で「足つきたくない」とむずがるウリに「大丈夫。カタツムリはいないよ」と諭し、歩調を合わせて歩く父子。楽しそうな髭剃りタイム。ウリの大好きな星型パスタやオリーブ抜きピザを食べるシーン。2人の間には独特のリズムやウケる約束ごとがある。父子の情愛が伝わる微笑ましい場面なのだが、車中で隣り合った乗客はウリの奇異な反応に違和感を覚え、席を移ってしまう。...またか、といった父の表情。

ニル・ベルグマン監督は、少しの修飾も加えず、こうした場面から2人の状況と置かれた世界を説明する。自閉症スペクトラムの息子と父の関係を理解するには、100年前の映画と同じく、言語を必要としない。普遍的な親子の情愛を知ってさえいれば、そのまま差し出すだけでよいのだ。

ウリを演じるのはオーディションで選ばれたというノアム・インベル。イノセントな眼の光、大きな身体を捩り、子どものような剥き出しの魂が顕在する感情表現、一筋縄ではいかない現実にジタバタする様...。これが演技だとは信じ難い程、インベルの存在自体が感動を呼び、映画の生命線となっている。インベルの奇跡の名演を下支えするのは、父親が自閉症スペクトラム施設の職員で、小さい頃から施設仲間と育った体験が、役柄への深い理解と造形に結実したのだろう。

更に、一難去ってまた一難!この先どうなってしまうの?と観客の興味を逸らさない見事な脚本を展開したダナ・イディシスにも自閉症スペクトラムの弟がいた。イディシスしか知り得ない父親と弟との関係は着実に脚本へ反映させている。弟がチャップリン作品の中でも、とりわけ『キッド』が好きなこと、時には過保護が過ぎる父といった逸話は自身の家族をモデルにしただけあって説得力に富む。
「世間に背を向け、まるで大きなシャボン玉の泡の中で生きているようだ」と、イディシスは2人の特別な関係を説明する。
ベルグマン監督の前2作とも、東京国際映画祭でグランプリを受賞したことから分かる通り、本作も言語や文化の違いを乗り越え、多くの日本人観客の共感を得るに違いない。
(大瀧幸恵)


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2020年/イスラエル・イタリア/ヘブライ語/94分/1.85ビスタ/カラー/5.1ch/PG12
配給:ロングライド
(C)2020 Spiro Films LTD.
公式サイト: https://longride.jp/musukoe
★2021年3月26日(金)より、TOHO シネマズ シャンテほか全国公開

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