わたしはダフネ (原題:DAFNE)

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監督・脚本:フェデリコ・ボンディ
原案:フェデリコ・ボンディ、シモーナ・バルダンジ
エグゼクティブ・プロデューサー:アレッシオ・ラザレスキー
プロデューサー:マルタ・ドンゼリ、グレゴリオ・パオネッサ
撮影:ピエロ・バッソ
編集:ステファノ・クラヴェロ
音楽:サヴェリオ・ランツァ
衣装:マッシモ・カンティーニ・パリーニ
出演:ダフネ:カロリーナ・ラスパンティ、ルイジ:アントニオ・ピオヴァネッリ、マリア:ステファニア・カッシーニ、ヴィオラ:アンジェラ・マグニ、ジャック:ガブリエレ・スピネッリ、カミーラ:フランチェスカ・ラビ

スーパーで働くダウン症の女性ダフネ(カロリーナ・ラスパンティ)は、母マリア(ステファニア・カッシーニ)と父ルイジ(アントニオ・ピオヴァネッリ)と生活していた。だがマリアが急逝してから生活が激変し、高齢のルイジは自分の亡き後の娘の行く末に胸を痛め気力を失う。ある日ダフネは、母の生まれ故郷の村に行ってみようと父を誘う。

「カロリーナが映画に合わせるのではなく(彼女は脚本を 1 ページたりとも読んでいない)、映画がカロリーナに合わせる必要があった。実際私はオリジナルの脚本を“裏切る”ことが出来ても、カロリーナの信頼を裏切ることは出来なかった」。
監督・脚本を務めたフェデリコ・ボンディの言葉が、本作を端的に表している。映画を観ているうち、目の前のヒロインが、ダフネを”演じている”カロリーナ・ラスパンティなのか、カロリーナ”その人”自身なのか分からなくなってくる。機知に富んだ会話、新入社員への気遣い、踊る時の軽やかな身のこなし、赤い髪色に合ったファッション、道を横切る時は手を挙げて、日々の職務や家事を担う几帳面さ、そして同僚や友人ら多くの人々に愛されている。でも、父には反抗的な態度…。全部丸ごとダフネから目が離せない。スクリーンの真ん中を占めるダフネが、冒頭と終盤、後ろ姿を見せる場面に注目されたい。この二つの場面は見事に呼応し合っているのだ。伏線と気付かせず、さり気なく挿入したところにボンディ監督の力量が分かる。

監督は脚本の段階から、ダウン症の障害を前面に出し、苦難を乗り越える感動作にするつもりは毛頭なかったであろう。ダフネという自立した女子の日常をスケッチのように描き、喪失を埋めるための旅へ父と向かう道すがらに見つける普遍的な家族愛の物語なのだ。

室内を中心とした都会の風景から、深い木立や高地の池、山々へと環境が移行する際のスムーズな自然光撮影が美しい。日常風景では多くの人々に囲まれた人間関係の濃密さが伝わり、また旅する父娘の場面はイタリア山岳地帯の空気が流れてくるようだった。
父娘が泊まる猟師宿のシークエンスは、ダフネに対する第三者的な視点、つまり観客の視座が加わる唯一の場面である。僅か数分の中に家族の歴史を切り取らせた脚本の秀逸さに唸った。
(大瀧幸恵)


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2019 年/イタリア/イタリア語/94 分/カラー/シネマスコープ
配給:ザジフィルムズ 後援:公益財団法人日本ダウン症協会
(c) 2019, Vivo film - tutti i diritti riservati
公式サイト:http://www.zaziefilms.com/dafne/
★2021年7月3日(土)より、岩波ホール他にて全国順次公開

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